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ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]感想レビュー

ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD] DVD
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
トミー・リー・ジョーンズハビエル・バルデム
ジョエル・コーエン;イーサン・コーエン
2008-08-08

おすすめ度:

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参考価格: ¥ 4,179(税込)
価格: ¥ 3,092(税込)
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ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]レビュー(57件)1ページ目

暴力の絶対優位、理解不能という無力
凄い映画をつくったものです。圧倒されました。
事件を追う初老の保安官、彼の独白の無力さに共感せざるを得ません。

やはりアカデミー賞をとった「ファーゴ」では妊婦の保安官が事件を解決しますが、逮捕はしたものの「なぜ事件がこんな展開をみせたのか?」というとは誰にも理解できません。登場人物は互いに言葉を交わし話をするのですが、コミュニケーションは成り立っていない。「ノーカントリー」との共通点です。

暴力と死にさらされて、意思疎通からも阻害されて、この時代に生きる人間はどのような自覚を持つべきなのでしょうか。ますます善意や思いやりが通じなくなるかもしれない、そんな恐怖と向き合って生きざるを得ないなら、無感覚な暴力が絶対優位になってしまうでしょう。
近代ニーチェは「神は死んだ」と叫び、科学は神を日常生活から駆逐しました。その意味で神無き時代をコーエン兄弟は見事に描いてみせたと思います。


ノスタルジックなアメリカの荒野が舞台です。
砂塵の荒野。カウボーイハットにブーツ、馬に乗った保安官、寂びれた街と荒涼としたワイルド感が漂い、西部劇のような懐かしいシーンを彷彿とさせています。
そんなところにやばい大金を手にした男が、薄気味悪く、まるでサターンのようにひしひしと確実に押し迫ってくるヒットマンに追われていきます。
この作品は西部劇のようなシーンから想像する展開に意表を付かれたようになり、緊迫感と恐怖が連続して非情なサスペンスの世界に入っていきます。
この作品の落としどころが難しすぎて、いまひとつ理解に苦しむところがあります。
そういうことをあまり深く考えないでスリラーサスペンスそのものを楽しめばいいのかもしれません。


暴力表現に斬新さを感じる映画
コーエン兄弟が描く、暴力についての不可思議な映画。

マフィアの金を偶然手に入れたことから、はからずも暴力の世界に巻き込まれていく主人公
圧倒的な存在感を放ちながら、主人公を追い詰めていく不気味な殺し屋
その二人の行く末をなすすべもなく見届けるだけの保安官

3者の人生は時に重なり、あるいは意図的に距離をもって、血なまぐさいがストーリーを紡がれていく。

殺し屋が大活躍し、静かな田舎町が一転、死屍累々というストーリー展開は、”ブラッドシンプル”から”ファーゴ”へと続くコーエン兄弟の映画の定番ストーリーである。ただファーゴから10年、暴力表現はさらに洗練を帯び、至高の極みへと達した。

とにかくこの作品の殺し屋は異常である。おかっぱ頭のユーモラスな外見、空気ボンベやサイレンサー付きショットガンといったガジェットを使うユニークな殺人方法、強そうに見えないのになぜか不死身の存在感、どれをとっても普通の映画の殺し屋とは一線を画する。とにかくこのキャラが立っており、見るものを感情移入とは正反対の、圧倒的な異物感で包んでしまうのだ。見るものが感情移入するのは、その暴力になんとか立ち向かおうとする主人公か、あるいはもはや捜査をする術もなく諦観しか感じさせない保安官か、人それぞれで違いはあろうが、いずれもその暴力の前になすすべもなく敗れ去る。この映画にカタルシスはない、あるのはただ、異物を飲み込んだ後味の悪さだけだ。そしてこの後味の悪さこそが映画の味ともいえる。

かつてボードレールは言った、”暴力にもユーモアがある”と。ここまで突き放した暴力なら、もはやユーモアと言ってもよさそうである。笑いとは対極にある、絶望から生まれるユーモアだ。

コーエン兄弟はこの映画をもって、映画の暴力表現に新たな1ページを加えた。この先作られるバイオレンス映画は、多かれ少なかれこの映画の影響からは逃れられないだろう。

そう思わせるぐらい、強烈な存在感を残す映画だった。アカデミー賞4部門受賞というのも頷けるかな。


ほころびが繋がりを妨げているという事
初見で今作は非情に難解で物語を理解し作品を飲み込むのは容易な事じゃないと感じました。
ですが後々単純に考えてみると今作は実は難解でも何でも無いように思えるのです。
ただ「ちぐはぐ」しているだけなんです、この映画は。
抽象的な言葉や余韻を残す場面、あえて暗い部分を全て映しきらない演出等、見る側の情緒的な部分に様々なショックを与えようとしているのですが、それがどれもこれもしっくりと来ない、すんなりと心が受け入れないのです。
思うにその要因として一つ一つの場面や台詞は良いのですが、それが全て途切れ途切れで物語の一つの流れの中で相互にリンクし切れておらず、重要な局面を重く感じ取る事が出来無いために、作品にも今ひとつ入り込めないのだと思います。
抽象的な要素を撒きながら作品の本質を暗示し後は観客の想像に任せる、作品を楽しみ切ったかどうかは観客の視点と読み取りの肥え具合という作品の部類に入るのだろうと思いながらも、作り手の技量としては匙を投げ捨てたに近いものがあると思います。



このメッセージは、コーエン兄弟だからこそ説得力があるのでは?
いい映画かどうかで云えば、いい映画だと思う。コーエン兄弟が犯罪ものを描くとクライムシーンがショッキングになるのは有名であるが、この映画もそうだった。しかしそれは、残虐なシーンを呼び物として観衆の「怖いもの見たさ」を喚起し、興行的な成功や見るものの期待に応えようとした従来のハリウッド主義に基づくものではないと思う。彼らがこの映画を通して伝えたかったメッセージは、「人間の残虐性にはリミットはないのか!」「まったく理解に苦しむ犯罪の増大は何に起因しているのだろうか?」を嘆きながら、それを単に銃社会の成熟というありきたりの結論に帰着させるのではなく、そもそも誰しもが持っている生への欲望=自分に都合の悪い他者の排除や残虐性を覚醒させる何かがナンであるかを、いわば“年寄りの嘆き”にも似たトミーリージョーンズの一言一言や夢の叙述によって、問いかけ、観るものに考えさせようとしていると捉えるべき、だと思った。それは、昔は保安官は、銃を持たなかった・・・でも金や麻薬が犯罪を複雑化・深刻化させ、今では保安官も銃を携帯するようになったし、ベトナム帰還兵であればたとえ衣服を着ていない怪しい人間でも国境を通過させる警察官(州警察?)がいたり、怪我したり交通事故に遭った人間からでも金でシャツを売る青少年が描かれていることでほのめかされていたのではないだろうか?もう一度観たいとはなかなか思わないが、記憶に残る・・・映画であることには間違いない。



最高傑作
映画館で最初から最後まで息を飲むストーリー展開でとても楽しめました 
オカッパ頭の怖い殺し屋のシガーを演じたバビエル・バルデムの演技は痺れます
正に死の運びや 美しい映像の中で描かれる犯罪と金と死と血の物語
悪にやられっぱなしの現在の社会をも描いていると思います
コーエン兄弟の原点である「ブラッドシンプル」を感じさせる作品で最初に
ナレーションが入るところなどテキサスという場所の厳しさ 犯罪の恐ろしさを伝えようと
していることが面白いです 最初から最後まで食い入るように見れる作品です
最後の保安官が話す 長い夢の話がこの映画のタイトルであり現在の世界であると思います
コーエン兄弟最高傑作です 


難しくしちゃったなあ
難しくしちゃったなあ、というのが観終わったあとの率直な感想です。ただ、この感想は、少々皮肉った表現です。私には、ただの殺人鬼映画で終わらせないように、映画に重厚感をもたせるため、老保安官の苦悩をからめたストーリーを作ったように感じられました。ただ、その重厚感をもたすためのストーリー展開がなんとも中途半端で判りにくい。タイトルの意味からしても(老人にとっての国はない)一応、この作品の言わんとすることはストーリーから理解できるのだけれども、ラストの場面では、「これで終わっちゃうのはないんじゃないの〜」というあっけなさと唐突さ。これを「理解すべき」というのであれば、それは少々製作者の独りよがりなんじゃないかなあ。同じコーエン兄弟の作品ならファーゴの方が潔くて、ユーモアも利いていて、小作品ではあるけれど、私は好きです。ノーカントリーは、登場している役者たちが素晴らしい演技を披露しているだけに、非常に残念です。・・・と、まあ、さんざんなことを書きましたが、アカデミー賞作品賞=話題の映画だったし、役者の素晴らしい演技もあるので、それなりに価値のある映画だとは思います。なので、星3つ。



好き嫌いの別れる作品だと思います。
少し頭がきれて、少し道徳心の無い男が、かなり頭が切れてまったく秩序も道徳心も無い男に追われるお話。 時代が時代だが、広いアメリカじゃ不思議でも無い話なのかなと。 ラストまで淡々と観ました。 「こんなのもあるよ」程度には勧めれる作品。 ただ、アカデミー賞って何なの?って思いは、とてもあります。


底抜け
・保安官
 現代の流れについていけない。リタイアして妻を乗馬に誘ったり、家のことを手伝う
 と申し出ても拒否。まさしく居場所がない。故郷と言えば自分の中の親父の像。
・モス
 ベトナム帰還兵。アメリカの為に2度も戦地に行くが、アメリカンドリームから追放され
 トレーラーハウスに妻と二人で居住。自称塗装業の失業者。
・シガー
 ベトナム帰還兵。金も愛も法も関係無し。殺し屋というより殺人マシーン。

3者ともold menなのかなと思った。シガーの犯罪が新しいかというとそうでも無い。
動機の無い殺人は過去にもある。
1909年にマック叔父が殺された理由も不明なのだから。
ベトナムから帰還した2名は根無し草みたいな生活をしている。
過去に忘れ去られた男達だ。

人間は何かしら拠り所を求める。金・宗教・愛・暴力・国家等々。
現代において、神の存在を本当に信じられるのだろうか?
保安官はセリフで人生に神が入ってこなかったと言ってる。

神が存在が信じられなくなったら、金と暴力の出番。
ベトナムで国家もさほど信用できなくなってる。万人の万人に対する闘争、ホッブス的世界。

モス=金・愛(奥さんを愛してるし、損するのを分かっていて水を持っていった)
シガー=暴力
モスの奥さん=愛
こういったのを象徴してるのかなと思った。

見せ場はシガー(暴力)とモスの奥さん(愛)の対峙。
奥さんはコイン当てを拒否し、シガーのルールを拒否する。
あんな愛情に溢れた、気立ての良い奥さんが殺されるのは居た堪れない。
失業中のモスに嫌味を一言も言わない。大金を存在を知っても、
そこにはさほど興味を示さず、モスの身を第一に案じている。
そんな奥さんが不条理にも殺されてしまう。
金でも愛でも無い暴力が勝利している。
底が抜けた世界。

しかし、老保安官が思うほどに現代も捨てたものじゃない。
モスが出会う大学生風の奴は、特にモスを助ける訳でも無く大金でシャツを売るザマ。
交通事故後のシガーにシャツを差し出した少年は人助けだからと代金の受取を拒否してる。
結果的には金は貰ったが、大きな違い。
このコントラストは鮮やか。

車椅子老人の
「人間ってはな―奪われたものを取り返そうとして更に失う。
結局は出血を止めるしかない。」と暴力の虚しさや帰結について語っている。
底抜けの世界において一縷の希望があるとしたら、こいういことなんだろう。

色々こじつけたがよく分かんない(笑)
自分の解釈です。       




鬼畜行為を延々と見せる映画
倫理感のかけらもない極悪人が、次々と殺人を犯し、なぜが絶対に捕まらない。
トミー・リー・ジョーンズもほぼ何の活躍もしておらず、彼を起用する必要はなかったのではと思います。
冒頭で保安官が無様に絞殺されるシーンがありますが、失笑してしまいました。(不意打ちとは言え、どんだけ弱いんだよ…)



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